彼の中で、どんな形でも私が他の人の体を受け入れたことを、
ずっと考えていたんだろう。
彼は少しの荷物だけ持って、一緒に暮らした家を出た。
私は彼が好きだった。
忘れられなかった。
今考えると、彼は中身のいい男とは、
とてもじゃないが言えないと思う。
彼もまた、別れても私のことを思ってくれていた。
数日後、やっぱり思いが断ち切れず、
私と彼はヨリを戻した。
彼は、私と離れた数日間の間、
ホストになっていた。
彼の夢は、ミュージシャンだった。
デビューする知り合いが、その店を辞める為、
彼は替わりにホストにさせられた。
させられた・・・と言っても、無理矢理だったわけでもないと思うし、
自分の意志で、ホストになったことには違いない。
私は、彼にホストを辞めるように頼んだ。
でも、一度入ったからには、
辞めるときには代わりの男を入れなければいけない、と言うルールがあった。
彼は、同棲を始めてからは、音楽活動ばかりであまり仕事をしなかったので、
仕事を始めてくれただけでもマシかな、と思うようになった。
それからしばらくして、
私はまた妊娠した。
彼に話した。
前みたいに、
堕ろせ
って言うかな・・・。
でも、彼は
『産んで』
と言ってくれた。
音楽活動を辞める気も無いし、
でも、お前を傷つけるのはもう嫌だから。
そう言ってくれた。
嬉しかった。
ホストの仕事は、給料が少ない。
『売り掛け』と言って、
客が飲んだ代金を
『後で払う』と言い、その代金は
働いた給料の中から差し引かれる。
私もつわりがひどく、働くことが難しかった。
こんなんで、子供を養っていくことができるのかな・・・
そう考えたりもした。
お腹はどんどん大きくなっていった。
でも、検診に行くお金が無かった。
そんなある日、彼が仕事から帰ってくると、
酒で酔っているとは思えないような目つきをしていたのに気づいた。
前からたまにそんな目をしていることや、
彼の息の匂いが気にはなっていた。
でも、私はそういう世界が全く分からなかったので、
『飲みすぎたんだろう・・・誰かのタバコ貰ったんだろう・・・』
と思っていた。
携帯を取ろうとした彼のポケットから、何か落ちた。
問いただしたらマリファ○だった。
多分覚醒○もやっていたのかも知れない。
そのとき、彼の携帯に、店の従業員から電話が来た。
私は彼の携帯を取り上げ、
『てめぇらふざけんじゃねえ。店で何やってんだよ!?
女相手に酒あおってるだけかと思って我慢してたらこれかよ!?
人の彼氏まで巻き込むんじゃねえ』
と言った。
『店長いるんだろ!?店長出せ!!』
と言った。
そして、そういう類のコトを辞めるつもりがないなら、
彼氏を店に雇うなと言った。
彼らは
『すみません。もうしないんで。』
と言った。
私は彼が仕事を始めてくれたことが嬉しかった。
それがホストって仕事であっても。
でも、こんな形で裏切られた。
彼を何度も殴った。
蹴りも入れた。
多分妊娠7ヶ月に入った頃、彼と一緒に彼の実家に行った。
親には話してくれていると思ってた。
彼の親は驚いていた。
そして、
『とてもじゃないけど応援できない。
○○が、子供を育てていく覚悟があるようには、とても思えない。
子供は諦めなさい』
そう言われた。
それでも彼は、その場で
『いや、絶対に育てて見せる』
そう言ってくれた。
この時、初めて彼が親に意見をしているところを見た。
私は彼の家を後にした。
その日の夜、彼から電話が来た。
『やっぱり、親になる自信ないから堕ろして欲しい』
そう言われた。
何で・・・。
もう中絶できない大きさまで育ってるのに・・・。
何で今になってそんなこと言うの・・・・。
私は泣いた。
彼も泣いていた。
私は自分の両親に話した。
返ってきた言葉は
『子供を産むことも、彼と付き合うことももう諦めなさい。』
私は涙を止めることができなかった。
母の持っていた本を読んだ。
妊娠と出産の本。
産みたい。
でも、私の精神は脆いってこと、自分が一番分かってた。
孫の誕生って、親は喜ぶものだと思っていた。
でも、子供ができたことに、
周りは皆ため息をついた。
彼を好きだという気持ちと、
彼を恨む気持ちとが、私の中でぐちゃぐちゃになった。
次の日、親に無理矢理病院に連れて行かれた。
親は
『中絶してください』
と言う。
先生は
『中絶できないことは無いけど、本当はもう中絶してはいけない大きさなんですよ(怒』
と言う。
私は
『堕ろしたくない』
と言う。
『それぞれの事情があるし、立場的には意見はできないけど、子供はね、できたから産む、なんて、そんな簡単な気持ちで産んではいけないんだよ。一人で育てていけるだけの経済力があるの?』
と先生が言う。
とにかく、親子でもう一度話し合うように言われ、帰された。
話し合いは何日も続いた。
彼にも何度も連絡した。
でも、彼の気持ちは変わらなかった。
いっぱい考えた。
彼がいつからあんなものに手を出し始めたか分からない。
祝福されないで産まれてこようとしている子が、
今私のお腹で育ってる。
私はその子に何をしてあげられる?
父親もいない。
おじいちゃん、おばあちゃんもいない。
こんな精神状態のまま出産して、
私は子供をかわいがれるの?
私は中絶のために、あの病院へ母と行った。
胎児が大きいため、手術は入院して行った。
子宮口を広げるため、植物の茎を子宮口に入れる。
時間を掛けて子宮口を広げる。
入院中、ずっと泣いていた。
その病院には、私の先輩のような存在のお姉さんが働いていた。
そのお姉さんが、手術当日に私の病室に来た。
『赤ちゃん、動いたでしょう?』
あ・・・
あのぽこぽこした感じ、何だろう?って思ってた。
これが胎動なんだ・・・。
また涙が溢れ出た。
処置室に移動した。
赤ちゃんが大きくなっているため、
器具などで掻き出すことができない。
そのため、自分で陣痛を起こすようにと言われた。
『お腹を上から下まで、こうやって強く押してね』
『陣痛が来たら、いきんでね』
淡々と言われる。
そう、出産のような状況で、子供を堕ろすのだ。
私はそうやって、自分の手で子供を葬った。
私は自分を責めた。